菱田春草


横山大観の親友、菱田春草
 
菱田春草は東京美術学校では横山大観の一つ下の学年の後輩にあたり、 卒業してからは常に一緒に行動をしてきた。
若い頃の大観は酒もタバコもやらなかったが、 師匠である岡倉天心に『酒もタバコもやらんで絵が描けるか』と言われたため、 吐いては飲むという酒の修行をするようになるのだが、 そのときの修行も一緒だった。
『春の朝・秋の夕』、『帰路、入船』などを合作もしており、 国内外での展覧会で共に作品を作り続けた。
 
春草は非常に冷静な人物であり、 また大観は逆に熱い人物であったため性格はまったくの反対だったと思われる。
しかし性格こそ違えど、どういうわけか馬が合い、ものすごく中が良かった。
 
明治44年、9月16日、38歳という若さで亡くなった春草に対して大観は 「日本美術界において、あんなに素晴らしい作品を作ることができる 作者を失うなんて大変な損失である」と大いに嘆いた。
 
横山大観は菱田春草追悼展の開催を主導し、自らも『五柳先生』(東京国立博物館蔵) という作品を出品した。
晩年に至るまで、自らが日本画の巨匠と称されるたびに 「あいつ(菱田)が生きていたら俺なんかよりずっと巧い」と口にしていたという。
『朦朧体』の画法確立の際にも大いに貢献をしており、 伝統的な日本画の世界にさまざまな斬新な技法を取り入れて、 近代日本がの発展に尽くした画家であると師である岡倉天心もその早すぎる死を惜しんだ。

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