アメリカ視察


当初は仕事も得られず大変な目にあったインド出張だったが、 思いもかけず有意義な経験となり、 横山大観は日本画の可能性と価値を再認識して帰国した。
しかし、インドから大観と春草が帰ったころ、ちょうど日本は戦争を控えた時期であり、 芸術家たちは苦しい生活を強いられることになっていた。
不安定な社会では民衆が芸術に酔いしれることもなく、 絵を描いてもまったく売れなくなってしまったのである。
 
それによって生活が不安定になってきたこともあり、 心配した師・岡倉天心の勧めで明治37年に 横山大観と菱田春草はアメリカへ渡ることになった。
岡倉天心は日本美術院に多額の寄付をしてくれたビゲローからの仕事のために ボストン美術館へ出向くことになっていたので、 大観と春草、六角紫水らを連れていったのである。
 
岡倉天心はこの頃から一年の半分はボストン、 もう半分は日本で暮らすというような生活をしており、 ボストン美術館では日本美術品の整理と目録の作成などをしていた。
 
横山大観と菱田春草は岡倉天心と一緒にボストンへ行ったわけではなく、 インドに渡ったときのように見聞を広めるべく、 はじめはニューヨークで安宿を泊まり歩きながら、 博物館や美術館巡りなどをして、欧米美術に関する視察をしていた。

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