インド視察


日本美術院の活動中、発足者の岡倉天心は海外視察に行くことが多かった。
その中で岡倉天心がインドに視察に行った際に、 インドのティペラ王国というところの国王が日本美術に興味を持ち、 自分の宮殿の装飾を頼みたいという依頼を持ち帰ってきた。
 
その仕事を任された横山大観は同僚で親友であった菱田春草と一緒にインドに渡ることになるが、 大観の妻・文子はこの年に亡くなってしまった。
 
インドに渡った大観と春草であったが、現地に到着してもティペラ王国から連絡はなく 、仕事に入れないという状況になった。
これは当時、ティペラ王国が英国政府下にあったことで、 宮殿の装飾に日本美術を取り入れたいという話を快く思わなかった役人が、 勝手に英国の美術家に仕事をさせてしまったためである。
これによってせっかくインドに渡ったにも関わらず、 大観と春草は仕事をするという計画がなくなってしまった。
 
このままインドから帰ることをためらわれた二人は、 インド美術に関する視察をすることにする。
先にインド視察をしていた岡倉天心の知り合いであったタゴール家に、 大観と春草もお世話になることになり、順調に視察は進んだ。
しかしやがて資金も尽きて、 大観と春草はインド視察を続けるための資金を得るために現地で日本画の展覧会を行った。
タゴール家の協力もあって、展覧会は大成功を収め、 彼らの書いた日本画は飛ぶように売ることができた。
無事に資金を作ることができた二人は、インド視察を続けたあと、日本に帰国した。

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