古画模写


橋本雅邦の推薦で東京美術学校の助教授となるはずだった横山大観は、 卒業の成績で失敗してしまったため、東京美術学校予備校というところで教師になった。
この東京美術予備校というのは、 東京美術学校に直接入学するには基礎などに差がある人間のための学校で、 文字通り予備校であった。
しかし教師となったが間もなくして横山大観は辞めてしまう。
それから古画模写の勉強をしていた菱田春草と一緒に高野山や京都、 奈良などの視察などをし、やがて京都へ移り住んで仏画の研究を始めると 同時に京都美術工芸学校予備科の教員となる。
 
古画模写の勉強をすることを第一としていた横山大観だが、 勉強を続けるにもお金が必要だったこと、 京都へ住むことは神社などの日本古美術へ触れる機会が多くなること、 予備科の教員をやっていてもけっこう自由に時間を取ることができたこと、 など自分に有利になる条件が重なったことから教員の仕事を引き受けた。
 
京都美術工芸学校の校長であった今泉は大観のことを心配し、 結婚でもどうかと見合いの話を勧めてくれた。
しかし同じ時期に友人も見合いの話を進めてくれており、 そのことで見合いがまとまらなくなり、 今泉と大観はもめてしまって教員を辞職すると、東京へと帰った。

0006

諸注意事項
当サイトは写真や旅行が大好きで趣味は歴史探索の管理人の個人の趣味によって運営しているサイトです。
掲載している内容、場所、関連団体などとは一切の関係がありません。
当サイトで何らかの損害が発生したとしても当サイト関係者は一切の責任を負いません。
また当サイトはリンクフリーです。ご自由にリンクしていただいて構いません。リンクした際にご連絡いただければ管理人が喜びますが、特にご連絡いただかなくて結構です。

Copyright (C) 2007 横山大観の世界. All Rights Reserved.