出生


1868年、旧水戸藩藩士・酒井捨彦の長男として横山大観(本名・秀麿)は生まれた。
 
父は測量や地図の製作をする仕事をしていたため 、その影響を受けて横山大観は将来の自分の進路を建築設計という方向で考えていた。
 
明治18年、東京府中学校(府中一中、現在は都立日比谷高)を卒業。
進学に当たって、受験では大学の予備門で四級と英語専修科という2つの試験を受験したが、 当時は学科を2つも受験することはほとんどなく、 また横山大観の担当であった事務員が非常に頭の固い人間だったため、 『2つも受験するとは何事か』と複数受験を理由に両方とも失格にしてしまった。
 
そんなことで不合格にされるくらいならと大観は別の学校を探し、 子供のころから英語は学んでいたため、東京英語学校に進学した。
この在学中に絵画に興味を抱き、洋画家の渡辺文三郎という人物から鉛筆画を習うことになり、 その期間は6〜7ヶ月くらいであった。
 
1888年には、母方の親戚である横山家の養子となった。
 
卒業を控え次の進路を考えているときに、 浜尾新や岡倉天心らが東京美術学校を設立するという話を知り、 そこに進学を希望する。
建築の道に進むものだと思っていた父親からは猛反対されてしまうが、 大観は東京美術学校を受験することにした。

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